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色素体の崩壊とゾンビ化
八丈野 孝(代表)
植物の色素体が、病原菌に対抗するための免疫システムの要としてはたらくことがわかりつつあります。特に葉組織では、葉緑体は光合成だけでなく免疫シグナル分子であるサリチル酸やジャスモン酸の生合成の場です。病原菌を道連れにして自殺する際の活性酸素種の発生源にもなり得る重要なオルガネラとして機能しています。病原菌にとっては非常にやっかいな存在ですので、葉緑体の機能を抑制して無力化させたり、そもそも葉緑体が存在しない表皮細胞を狙って感染したり、各々の病原菌が様々な感染戦略を持っていることが次第にわかってきました(図1)。
図1
生きた宿主植物にしか感染しない絶対寄生菌であるオオムギうどんこ病菌は、葉緑体との接触を避けるかのように表皮細胞にのみ侵入します。宿主からの反撃を巧妙に抑えつつ、吸器と呼ばれる構造を形成して栄養を吸い取っていると考えられています。
オオムギうどんこ病菌が侵入した表皮細胞では、プラスチドが崩壊するということがわかってきています。プラスチドの内部にあるデンプンを分解して糖を奪取するためだと考えています。一方で周囲の葉肉細胞では葉緑体に光合成をさせ続けます(図2)。葉組織としてはほぼ死んでいますが、侵入された表皮細胞の周辺の細胞はまるでゾンビのようになってうどんこ病菌に操られた状態になり、光合成産物の提供を強いられているわけです。接触していない葉肉細胞をゾンビ化させるような空間的な制御とはいったいどのような仕組みなのでしょうか。本研究では、うどんこ病菌がどのようにして細胞ごとに色素体の生殺与奪の権を握っているのか明らかにすることを目指しています(図3)。
図2
感染した葉ではセネッセンス(老化)が進行して黄化します。一方で、絶対寄生菌であるオオムギうどんこ病菌としてはそう簡単に宿主に枯れてしまわれると困ってしまいます。そのため、侵入した表皮細胞周辺の葉組織の黄化を抑え、強制的に光合成させ続けます。まるで海に囲まれた緑豊かな島国のように見えることからこの状態をグリーンバイオニシア(緑の属国)と呼んでいます。宿主細胞を積極的に殺すタイプの病原菌が感染した場合も類似の現象がみられることがありますが、単にクロロフィルが分解される前に細胞が死んだ状態であるため、それについてはグリーンネクロニシア(緑の亡国)と呼んでいます。
図3
侵入時には表皮細胞内のプラスチドを崩壊させ、感染成立後は周辺葉肉細胞内の葉緑体分化を強制的に維持するといった時空間的に異なる制御を行なっていると考えられますが、これらのメカニズムはまだわかっていません。
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