A02
脂質駆動による葉緑体分化
小林 康一(代表),永田 典子(分担)
植物の光合成は葉緑体で行われます。葉緑体は植物に特有のオルガネラ(細胞小器官)で、内部にチラコイド膜をもち、そこに光合成を行うための装置を組み立てます。この装置において光エネルギーの吸収を担うのは、クロロフィル(葉緑素)と呼ばれる緑色の色素です。葉が緑色なのは、細胞内の葉緑体が緑色のクロロフィルをたくさん含むからです。
ただし、植物には、花弁や根などの緑色にならない器官も存在します。
これらの器官の細胞内では葉緑体は発達せず、代わりに、白色体や有色体、アミロプラストといった別のタイプのオルガネラが発達します(図1)。
葉緑体を含め、これらのオルガネラは同一起源のため、総称して色素体と(プラスチド)呼ばれます。
図1
種子の細胞では、色素体は原色素体(プロプラスチド)と呼ばれる未分化な状態にある。光の下で発芽すると、子葉細胞の原色素体は葉緑体へと発達する。さらに植物が成長し各器官が分化すると、色素体もその器官の細胞の役割に応じて多様に分化する。例えば、葉の細胞では光合成を担う葉緑体が、花弁や果実ではカロテノイドを蓄積した有色体が、根端の細胞や貯蔵組織の細胞ではデンプン粒をため込んだアミロプラストが発達する。
図2. 光傷害を受けたクロロフィル合成の変異体
左:弱い光で育てた変異体
右:強い光で枯れた変異体
植物は、細胞の役割に応じて色素体を様々な形態に分化させますが、それはどのような仕組みによって行われるのでしょうか。実は、色素体を代表する葉緑体の分化を制御する仕組みすらも、いまだによく分かっていません。光合成は植物の成長に不可欠ですが、光合成反応がうまく進まない条件では、過剰に吸収した光により細胞を傷つけてしまうため、葉緑体の発達は、植物体や各器官の発達に合わせて厳密に制御される必要があります(図2)。
つまり、葉緑体を分化させるか否かは、植物にとって、生死に直結する重大な問題なのです。そこで本研究では、葉緑体発達のカギを握るチラコイド膜の形成過程、その中でも特にチラコイド膜の材料である脂質に焦点を当てて、細胞ごとに葉緑体を発達させるか否かを決定する仕組みの解明を目指しています(図3)。
図3
葉緑体が分化する際には、まず脂質二重層による初期膜が構築され、それが色素やタンパク質の合成を誘導し、チラコイド膜の発達が一気に進む、というモデル。脂質二重層膜が光合成複合体形成のための足場を提供し、その状態が一種のシグナル(プラスチドシグナル)としてはたらくことで、光合成タンパク質や光合成色素の合成に関わる遺伝子の転写・翻訳が核と色素体で協調して起こり、チラコイド膜の形成、つまり葉緑体の発達や、さらには他のオルガネラや細胞自体の分化状態の変化が引き起こされる、という仮説を考えている。
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