Column : 植物の不思議

揺れる細胞内共生説

再び湧き上がる細胞内共生の謎

葉緑体(色素体)は、太古の昔にシアノバクテリアが真核細胞に取り込まれたことで誕生した、という考え方は、細胞内共生説として知られ、高校生物の教科書にも書かれている話です。色素体が独自のゲノムをもつことが分かり、さらにそのゲノムに乗っている遺伝子の配列情報を調べるとシアノバクテリアのものと非常によく似ていたことから、今日ではほどんどの人が信じる定説となっています。近年はゲノム解析技術の向上により、シアノバクテリアを含む様々なバクテリアや藻類、植物のDNA配列が明らかになり、それらをたくさん並べて比較できるようになりました。そこで、シアノバクテリアに由来したと考えられているような植物の性質(例えば光合成を行うことやクロロフィルを合成することなど)に関わる遺伝子の配列を詳しく調べると、どうやらそれらの遺伝子を獲得した相手や時代は遺伝子ごとにばらばらであり、1度きりの共生によって色素体が誕生したと考えるのは難しいようなデータが得られるようになってきました。すでに解決したと思われていた色素体の誕生の経緯に、今、再び大きな謎が浮かび上がってきています。

色素体の祖先は誰なのか?

色素体のもつゲノムにはシアノバクテリアに由来する遺伝子が数多くコードされており、また、植物の核ゲノムにも、シアノバクテリア由来と思われる遺伝子がたくさんあります。そこで、植物がもつシアノバクテリア由来の遺伝子のDNA配列を、現存するシアノバクテリアのDNA配列と比較することで、シアノバクテリアの中でどの種が色素体ともっとも近いのかを探る研究が盛んに行われています。それにより、どのようなシアノバクテリアが植物の色素体の起源になったのかを明らかにしようというわけです。
これまでに、海、川、湖、陸地や温泉地などから数多くのシアノバクテリアが発見されてきました。近年、DNA配列を解く技術の飛躍的な向上に伴い、全ゲノム配列が明らかとなったシアノバクテリアの種数も年々増加しており、また、シアノバクテリアの本体ははっきりしていなくても、環境中のDNA配列からその存在が示唆されているものもいます。そこで、それらのシアノバクテリアのもつDNAの配列を、色素体がもつDNAの配列と比較したところ、Gloeomargarita lithophoraというシアノバクテリアが色素体とよく似ていることが分かってきました(Sánchez-Baracaldo et al., 2017; Ponce-Toledo et al., 2017)。G. lithophoraの祖先が植物細胞内に取り込まれ色素体となったのでしょうか。

色素体は複数の起源をもつ遺伝子による合作

生物種間の系統関係を調べる際には、すべての生物がもつリボソームRNAの配列がよく使われるほか、複数の遺伝子の配列を一つなぎにした人工的な配列が用いられます。そのような解析によって、G. lithophoraが色素体に系統的に近縁であることが見出されました。つまり、リボソームRNAや、複数の遺伝子を総合的にみると、色素体はG. lithophoraに近い系統に起源をもつという結論になります。一方で、色素体とシアノバクテリアに共通する遺伝子を一つ一つ個別に見ると、それらが必ずしもG. lithophoraのものに似ているわけではないことも示されています。たとえば、光合成の光化学反応は光化学系Iと光化学系IIという二つの複合体で行われますが、光化学系Iの反応中心をつくるPsaAとPsaBタンパク質の配列をみると、どちらもG. lithophoraに由来するようには見えません(Sato, 2021)。これらのタンパク質をコードする遺伝子は色素体のゲノム内にありますので、もしG. lithophora(やその近縁種)が色素体の起源だったとすると、G. lithophoraの細胞内共生の前か後に別のシアノバクテリアからPsaAとPsaBの遺伝子を獲得したことになります。このような例は、色素体にコードされた遺伝子だけでなく、核にコードされた遺伝子でもみられます。さらに、色素体のはたらきに不可欠な遺伝子の中には、細胞内共生が起きる前からすでに植物細胞内にあったと推測されるものがいくつもあります(Sato, 2020)。それらの遺伝子は、シアノバクテリアだけでなく別の様々なバクテリアに由来することから、始原的な植物細胞は、色素体のリボソームRNAやそのほかの多くの遺伝子を(おそらくG. lithophoraに近い種から)獲得する以前から、のちのち色素体で使われることになる遺伝子を複数のバクテリアからもらっていたと考えられます。そのため、教科書などでは、植物細胞内に取り込まれた1個のシアノバクテリアがそのまま色素体になったような様子がよく描かれますが、実際には、様々なシアノバクテリアや他のバクテリアと遺伝子のやり取りを何度も繰り返し行った結果、今の色素体のようなものが植物細胞内に出来上がったと考えるのが、妥当なように思います。

(文責 小林康一)

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